タングステンの指輪は、本当に金属アレルギーの心配がないのか?
最近よく、
「タングステンの指輪って、実際どうなんでしょうか?」
「タングステンの指輪は、金属アレルギーの心配がないのでしょうか?」
というような、ご質問をいただきます。
またタングステンの指輪は、最近amazonなどでも販売されていて、「金属アレルギーを引き起こしにくい素材」とか、「アレルギー体質でも安心」、のような書き方で販売されているのを見かけます。
いやいや、市販の「タングステンの指輪」には、金属アレルギーの原因になりやすいコバルトやニッケルが含まれています。気をつけましょう。
それで正しい情報をちゃんと書いておかなければ、と思った次第で、まとめさせていただきました。
ちなみに、弊社では「タングステンの指輪」を販売してはいないので(制作はできますが、販売しない理由も後述します)、客観的な視点と正確な情報をもとに書かせていただこうと思います。
タングステンとは何か?
レアメタルの中で、代表的な名前を上げてくださいと言われて、最初に思い浮かぶのが”タングステン”だという方は多いのではないでしょうか?
タングステンの他には、よく聞くレアメタルとしては、強力磁石のネオジウム(ネオジム)もありますね。数年前に中国のレアメタル輸出規制問題などがあって有名になりました。
タングステンは金属の精密加工に用いる超硬工具(ちょうこうこうぐ)や、溶接の電極として、産業に欠かせないレアメタルです。
融点が高く(3422℃)、ずっしりと重く、比重はゴールドと同じ19.3。耐食性も高いので、宝飾品の素材として、わたしもこのタングステンに注目して研究していました。
タングステンの指輪は作れるのか?
実は過去に、純タングステンの材料を手に入れて、削り出して指輪を制作してみたことがあります。
しかし、出来たのは落としただけで簡単に割れてしまうほど衝撃に弱い、実用に耐えられないリングでした。完成して数分の命でした。
純タングステンは、焼結したものを熱間鍛造で成形する製法上、金属繊維が一方向だけに成長する性質があります。手に入ったタングステン材料は丸棒材料だったので、竹のように繊維状の金属組織が縦方向に揃った材料になります。
そのためリング状に削り出すと、竹が裂けて割れるのと同じような感じに、簡単に割れてしまいます。
また、タングステンは融点が高くて溶かすこともできないので、これらの実験の結果、純タングステンは指輪への加工がほぼ不可能だと結論づけました。
他には、純タングステンの粉末を銀や銅で焼き固めたり、樹脂で固めてみたりと、工業分野でタングステンのオモリを制作する方法と同じこともいろいろ試してみました。
しかし、これはタングステン粉末を練り固めたものであって、金属としての純タングステンではないですね。
また、炭化タングステン(タングステンカーバイドとも言います)を焼き固めた超硬合金の指輪も作成してみたりしました。自分で焼結して作ったりもしましたし、超硬工具を作っている業者さんに発注して、指輪形状の炭化タングステンリングを作ったりもしました。
この超硬合金の指輪が、現在世の中に「タングステンの指輪」として出回っているものと同等のものです。工業的に超硬工具を作るのと同じ工程で制作できるため、安価に量産もできます。
この超硬合金は非常に硬く、キズも全くつかないので、これはこれとして素晴らしいものですが、金属アレルギーの原因になりやすいコバルトやニッケルが焼結補助剤として含まれるので、結局は指輪にすることは敬遠しました。
また炭化タングステンをコバルトで焼き固めた、この超硬合金の指輪を、「タングステンの指輪」として販売するのは、弊社のスタンスとは違うと思っています。
やっぱりタングステンの指輪を名乗る以上は純タングステンであって欲しいし、そうでないと、弊社の他の純金属の指輪に対して失礼だ笑、と思ってしまいます。
世の中の「タングステンの指輪」の実際は、タングステンカーバイドの指輪
実際のところ、「タングステンの指輪」として販売されているものの商品説明をよく読むと、純タングステンではなく、炭化タングステンの焼結体である、超硬合金(ちょうこうごうきん)であることが分かります。タングステンカーバイド(tungsten carbide=タングステンの炭化物)と呼ばれたりもします。
タングステンとタングステンカーバイドは、全く別物です。過去に別の記事で、ジルコニウムとジルコニアが全く別物であることを書いたことがありましたが、それと同様にタングステンカーバイドの指輪を、タングステンの指輪と呼ぶのは間違いです。
タングステンは金属ですが、タングステンカーバイドは金属というよりは金属とセラミックの中間のような物質、サーメットです。セラミックの「SER」とメタルの「MET」を合わせた造語としてSERMET(サーメット)と呼ばれます。
ちなみに余談ですが、釣具の世界で一時ブームになったゴールドサーメットは、炭化チタンを主成分とした焼結体(サーメット)に窒化チタンの金色の硬質皮膜をつけたものです。
タングステンカーバイドに含まれるコバルトが、金属アレルギーの原因になりやすい
工具の刃物として大量に製造されている、この超硬合金は、炭化タングステンにコバルトを焼結補助剤(=バインダー)として10w%程度混ぜて焼き固めたものです。
この混ぜられたコバルトが、金属アレルギーの原因になりやすいので、注意が必要です。
コバルトというのは、金属アレルギーになりやすい金属の代表のような金属ですので、金属アレルギーの方は避けた方がいいです。
また、工業分野ではコバルトの発ガン性などの健康被害が問題視され、コバルトを含まない超硬合金が開発されましたが、コバルトの替わりの焼結補助剤として用いられているのはニッケルです。このニッケルも、コバルト以上に金属アレルギーの原因になりやすい元素です。
このニッケルを用いた超硬合金が「コバルトフリーのタングステン」と書かれて販売されていたりしますが、やはり、かなりの疑問です。あくまで私の意見ではありますが、物珍しさではいいかもしれませんが、宝飾品、特に結婚指輪に用いるべき素材ではないと考えます。
追記:
最近では、バインダーレス超硬合金という、焼結補助剤(=バインダー)のコバルトやニッケルを用いないで、炭化タングステンだけを焼結した超硬合金が開発されているようです。(参照:https://www.nittan.co.jp/tech/all/detail09.html)
こちらは腐食にも強く、医療用途や時計などの装飾品にも用いられる可能性があります。
ただし、超硬合金は、その硬すぎる性質から、指輪の素材としては疑問が残ります。
タングステンの指輪のメリット・デメリットをまとめると
まとめると、タングステンの指輪(実際は超硬合金タングステンカーバイドの指輪)のメリットは、岩も砕くほど硬い、傷がつかない、珍しい、黒くて見た目もかっこいい、ということなどが挙げられるかと思います。
超硬合金の硬度は、ビッカース硬度でHV1300前後になります。日本刀に使われる玉鋼でさえ、焼きが入った刃先の部分でビッカース硬度はHV600前後なので、相当な硬さであることが想像できるかと思います。ほとんどキズを付けられるものは存在しません。
一方でデメリットは、金属アレルギーの原因になりやすい金属(コバルトやニッケル)を含むことです。
また、その硬さも事故の原因になったりします。硬すぎるために指輪を切断することができず、指を骨折して腫れ上がった時に指輪が抜けなくなる事故が発生したりもしているようです。
*なおもし、タングステンカーバイドの指輪を付けていて、指を骨折し腫れ上がってしまい、指輪を破壊しなければならない時は、ダイヤモンド工具で切断するか、ダイヤモンド工具を使ってある程度まで削ってから叩き割るのが適切な処置になります。ダイヤモンド工具はこちらのような回転カッターを回転工具に付けて使用します。
金属アレルギーに悩む方におすすめのレアメタル
弊社TOKYO DIAMONDでは、全118の元素、うち81の金属元素を全て検証し、指輪として安全性と物理的安定性を約束できる金属は全部で17種類と特定しました。
その中でも、アレルギーフリーな金属として、タンタルTa、ハフニウムHf、ジルコニウムZr、ニオブNb、チタンTi、の5種類、
そしてアレルギーが少ない金属として、イリジウムIr、プラチナPt、金Au、ルテニウムRu、レニウムRe、ロジウムRhの6種類、を厳選して指輪をお作りしています。
特にタンタルは、金属アレルギーは100パーセント心配が無く、磨き上げると、非常に美しい見た目に仕上がります。
タンタルという名前は、聞き馴染みがなく、時にタンタルとタングステンは名前が少し似ているために混同されることもありますが、全く別の金属です。
タンタルは、医療分野でカテーテルや人工骨などに用いられる、人体に対して安全性の高い金属です。また、適度な硬さのためキズには強く、非常時には切断することもできます。
タンタルの作品写真は、こちらの<素材一覧ページ>でご覧いただけます。
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このコラムの執筆者
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