サージカルステンレスが金属アレルギーになりにくい、は本当か?
最近、「サージカルステンレスのピアスを着けていて金属アレルギーの症状が出てしまった」、というお客さまが相談に来られました。
また「サージカルステンレスが触れている部分がなんとなく、かゆい」という声も時々お聞きします。
世の中に出回るアクセサリーには、「サージカルステンレスだから金属アレルギーにも安心」と謳った商品が多く、サージカルステンレスってニッケルが多く含まれているのに安心を謳って大丈夫なのだろうか?と前々から思っているところです。
インターネット上やネットショップなどで「金属アレルギーになりづらい」、「金属アレルギー対応」、「金属アレルギーにも安心」など、様々な言い方があり、何と比べて?というのがあやふやに言われています。
そこで、金属の正しい知識を元に、サージカルステンレスの金属アレルギーについて解説したいと思います。
そもそも金属アレルギーは、なぜ起こる?
金属アレルギーは、簡単に言うと、汗や体液に触れた金属が腐食されて溶け出し、それに体が過剰に免疫反応を起こした状態のことを言います。
過剰な免疫反応によって、腫れや赤み、かゆみ、湿疹、ただれが起きます。
また、装身具による金属アレルギーは、付けた部位の周辺だけに起こることが多いですが、歯科治療の被せ物の金属やインプラントなど歯科金属による金属アレルギーは、原因物質である金属イオンが口内から溶け出して消化器で吸収され、体中を循環することにより、全身に広がることが知られています。
参考論文:
Metal allergy and systemic contact dermatitis: an overview
金属アレルギーを防ぐ3つのポイント
金属アレルギーになるプロセスは3段階に分けて考えることができます。
1.金属が汗や体液、唾液に触れる。
2.汗や体液、唾液に触れて金属が腐食され、金属イオンとなって溶け出す。
3.金属イオンに体が過剰反応する。
金属アレルギーは、この3つのプロセスを必ず経るので、いずれかをブロックできれば、症状は起きません。
言うのは簡単なのですが、実際に実行しようと思うと、なかなか難儀します。
と言うのも世の中には金属製品が溢れていますし、ほとんどの金属は錆びる(=腐食する)という欠点があるからです。
1の「金属が汗や体液、唾液に触れる」段階で防ぐというのは、金属に全く触れないようにするということです。
金属を身につけないというのが確実ですが、金属製品に樹脂コーティングをするという方法もあります(ただ永久的にコーティングが保つということはありません)。歯科用金属はセラミックに替えるという対策もできます。
2の「汗や体液、唾液に触れて金属が腐食され、金属イオンとなって溶け出す」の段階で防ぐというのは、汗や体液、唾液に触れてもイオン化しない金属を選ぶということです。
金属と一口に言っても、すべての金属が汗や体液で腐食するわけではなく、腐食しない金属(つまり耐食性が高い金属)が存在します。
チタンなどが有名ですが、その他、タンタル、ハフニウム、ジルコニウム、ニオブなどが腐食しない金属です。他、金やプラチナも腐食しづらい金属です。サージカルステンレスは?というと、比較的腐食しづらい部類です。この後に詳しく書いています。
3の「金属イオンに体が過剰反応する」の段階で防ぐというのは、体質の改善によって防ぐ方法です。金属アレルギーにならない方というのはつまり、装身具や歯科金属から金属イオンが溶け出しても、体が過剰反応しない体質の人ということです。
女性の方だと、出産を機に体質が変わって金属アレルギーが出るようになったという方もいらっしゃいますし、夏場だけ金属アレルギーが発症しやすいという方もいます(これは体質だけでなく、汗をよくかくからという理由もあると思います)。また疲れが溜まったりして体の免疫機能が下がった時に、金属アレルギーが出やすいという方もいます。体質は変化します。
他、歯科金属が口内に入っていると、金属イオンが消化器を通して吸収され続けているために、体が金属イオンに対して常に過敏な状態になっていることが知られています(全身性接触皮膚炎)。常に過敏な状態だから、装身具など他の金属が触れると、すぐに反応したり、強い反応が出てしまうわけです。こうした場合、歯科金属を取り除くことで、装身具による金属アレルギーが緩和されることも報告されています。
本コラムでは、サージーカルステンレスの金属アレルギーの話なので、金属素材選びの観点からお伝えします。
1のコーティングや3の体質改善については、別のコラムで書いています。
サージカルステンレスって何?
では、サージカルステンレスとは何なのでしょうか?
サージカル=医療用の、ステンレススティール=錆びない鉄、という意味で作られた造語で、医療用メスやその他様々な医療用器具に使われている合金です。ピアスを開ける器具ピアッサーも、このサージカルステンレスで作られていることが多いです。
「サージカル」という言い方をすることで、いかにも安全なイメージを作ることに成功したネーミングですが、実はJIS規格にはサージカルステンレスという規格は存在しません。
鋼材の規格としてはSUS316とかSUS316Lという合金のことをサージカルステンレスと呼んでいます。医療用以外にも、海水による腐食に強く、海水ポンプ、配管部材、船舶部品、バルブなどにも広く用いられていたりします。
SUS316は組成としては、クロムが18重量%、ニッケルが12重量%、モリブデンが2.5重量%、残りの67.5重量%は鉄です。
またSUS316Lは、SUS316よりも炭素量をより低く抑えて、より耐食性を向上させた規格品です。
モリブデンとクロムの添加によって、耐食性を向上させた鉄、という訳ですが、組成を見ても分かる通り、金属アレルギーの原因の代表的な金属であるニッケルが12%も含まれています。また、鉄もクロムも金属アレルギーの原因になりやすい金属です。
サージカルステンレスは危険?
それでは、サージカルステンレスは、金属アレルギーの原因となりうる可能性はどの程度なのでしょうか?
これは、個人差もあるので、一概には言えないのですが、クロム18%・ニッケル12%・モリブデン2.5%、鉄67.5%という合金組成からおおよその傾向は測れます。
それは、一般的なステンレス(SUS304=クロムが18%、ニッケルが8%、残りの74%は鉄)よりは、いくらか金属アレルギーやその他金属の腐食による問題に配慮している、という程度です。
鉄ベースの合金という点で、安価に工業的量産を考慮した材料ですし、もっとモリブデンやクロムの量を増やして耐食性を向上させたステンレスはいくらでもあります。
更に、高純度鉄と高純度クロムの2元合金で、不純物を限りなく減らしてゆくと、耐食性はもっと向上します。もちろん鋼材の価格は高くなりますが。
ですので、サージカルステンレスというのは、実用的な鉄鋼材として、ある程度以上の耐食性を確保しつつ、一方で大量生産可能な安価な材料で、機能とコストがバランスしている材料ということが言えます。
事実、医療用の器具など、生体に数時間程度触れるものであればサージカルステンレスが使われますが、インプラントや人工骨など半永久的に生体内に埋め込まれるようなものにサージカルステンレスが使われることはありません。
インプラントや人工骨の金属材料にはもっと生体親和性の高いチタンや、タンタルなどが使われる訳です。
もちろんアクセサリーであれば、金属アレルギーが発症したからといっても、外せば症状は無くなりますので危険とまでは言いません。
サージカルステンレスの安全性は、どの程度?
サージカルステンレス(SUS316L鋼材)の金属アレルギーのなりやすさの目安は、個人差もありますが、
真鍮やクロムメッキ、金メッキ、などの安価なアクセサリー材料よりは、ずっと安全。
シルバー925やピンクゴールドなど、銅を多く含む貴金属材料よりも安全。一般的なステンレスよりも安全。
18金ゴールドやプラチナ900などの一般的な貴金属類とほぼ同等。
22金ゴールドや、パラジウムフリーのプラチナなど、金属アレルギーに配慮した貴金属よりはやや劣る。
チタンや、その他タンタル、ハフニウム、ジルコニウム、ニオブなどのバルブメタル類よりは劣る。
大まかに、このような位置付けです。貴金属の10分の1以下の価格で貴金属に近い金属アレルギー対応ができるので、コストパフォーマンスは素晴らしい素材だと言えます。
サージカルステンレスとチタン、選ぶならどっち?
金属アレルギーに配慮した場合、サージカルステンレスよりもチタンのほうが安全です。
チタンは、純チタンであれば、金属アレルギーの心配は限りなく低いからです。(ただし、チタン合金の場合は、混ぜられた他の金属に反応が出るので別です。詳しくは<チタンとチタン合金、医療用チタンの金属アレルギーになりやすさについて>に書いています。)
ただ、サージカルステンレスのほうが、チタンよりも金属の色が明るいです。サージカルステンレスとプラチナは見た目の違いが分からないほど似ています。違いを感じるとすれば、重さがプラチナの3分の1しかないことぐらいです。
ですのでデザインの好みと、金属アレルギーの程度によって、選ぶのがいいと思います。
金属アレルギーのパッチテストを受けてみるのもいいと思います。ニッケル、クロム、鉄いずれにも反応が出ない方であれば、それらで構成されたサージカルステンレスで金属アレルギーの心配はないはずです。
参考コラム:金属アレルギーの検査はどこに行って何をすればいいの?
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→ 金属アレルギーにならない指輪の選び方
どうぞ、ご一読ください。
このコラムの執筆者
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